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若い人で古賀政男さんを知らない、という方は多数いらっしゃると思いますのでまず簡単に解説します。古賀さんは戦前から戦後にかけて数多くの名曲を生み出した作曲家で、いわば現在の演歌のメロディーを確立した存在と言われています。昨今演歌がこれだけ発達しているのも古賀先生の賜物であると思います。亡くなった1978年に国民栄誉賞を受賞、今でも演歌好きの人には愛される存在です。詳しくはWikipediaの記事を参照してください。
あと今回は戦前の曲が多くて西暦だとピンと来ないので、昭和の元号を使った年代も入れてみました。
よくよく考えてみたらGReeeeNについて書いた後に古賀政男をレビューするのも変な話ですが、とりあえず進めていきましょう。こんなブログ多分ウチ以外にないんじゃないかな…。
秋川雅史「影を慕いて」(1930年/昭和5年) ステージ:★★★
さすがに戦前の曲は私も不明な部分が多いのでこの辺りはコメント欄でたつしさんにフォローして頂きたいと思っているのですが、テロップによると1930年に佐藤千夜子、1932年に藤山一郎が歌った曲ということです。戦後は森進一のカバーで有名になっているのではないかと思います。
この人は思い出のメロディーでも「長崎の鐘」を歌ってましたし、来年以降はそういう路線で活動するということになるのでしょうか。
あんまり母音が良くないような気がします。ちょっとこもり気味と言いますか。メリハリも少し足りないような気がしますね。個人的には森進一の歌唱の方が好きかなぁ。もちろん藤山一郎さんには足元にも及びません。
坂本冬美「東京ラプソディー」(1936年/昭和11年) ステージ:★★★★
これは藤山一郎さんが歌った大ヒット曲です。
とてもモダンなメロディーで、かえって新鮮に聴こえます。歌詞の表現や言葉の使い方はやっぱり戦前っぽいなぁという感じはしますが、メロディーだけ取ってみると今でも十二分に良いと思える出来です。観客の手拍子ももちろん上々。
都はるみ「思い出の記」(1941年/昭和16年) ステージ:★★★
戦前をあまり知らないと言いつつも題名だけは何となく憶えてるのですが、この曲は題名さえも初耳です。非常に真面目な歌手として知られた霧島昇さんが歌唱した曲です。
この三拍子のリズムが良いですね。そしてシンプルです。最近の演歌って、こういうシンプルさが足りないような…。
森 進一「酒は涙か溜息か」(1931年/昭和6年) ステージ:★★★
ちょうどこの時期は昭和不況にあたる年ですね。確か満州事変が起こった年でもあったような。そんな年に藤山一郎さんが歌って大ヒットしたのがこの曲。
森進一と言えば古賀政男メロディーの語り部的存在でもあるのですが、やはり少し声量が落ちていることは否めないですね。とは言え相変わらず聴かせるステージではありましたが。
真木ことみ・北山たけし「古賀政男ヒットメドレー」 ステージ:★★★
「ああそれなのに」:1936年(昭和11年)、美ち奴さんが歌った曲。芸者ソングです。元の人がわからないので評価不可能。
「青春サイクリング」:1957年(昭和32年)、小坂一也さんが歌った曲。「サイクリング、サイクリング、ヤッホー、ヤッホー」というフレーズはCMなどで耳にしたことはあるのではないでしょうか。
「誰か故郷を想わざる」:1940年(昭和15年)、霧島昇さんが歌った曲。この曲はメドレーではなく1曲としてじっくり聴きたいですが…。
「男の純情」:1936年(昭和11年)、藤山一郎さんの曲。ド演歌。というか藤山先生のレパートリーの広さに感服。
「二人は若い」:1935年(昭和10年)、ディック・ミネさんと星玲子さんのデュエット。
歌唱順は真木→北山→真木→北山→2人という感じ。この2人に関する新たな発見は、2人とも低音の出が凄く良いということですね。高音を売りにする歌手が多い中でこういった歌手の存在は貴重だなと思います。
キム・ヨンジャ「湯の町エレジー」(1948年/昭和23年) ステージ:★★★★
近江俊郎さんのヒット曲。熱唱でした。戦後の古賀メロディーはやっぱりマイナーコードをうまく使った、演歌の色合いが濃いですね。
島津亜矢「無法松の一生」(1958年/昭和33年) ステージ:★★★★
村田英雄さんのヒット曲。村田さんのキャラクターに非常にマッチした曲ですが、こういう曲を島津が歌うとまたすごく合うんですよね。ものすごく男臭い歌なんですけど。少なくとも畠山美由紀や水前寺清子以上の歌唱は見せてるのではと思います。
森 進一「悲しい酒」(1966年/昭和41年) ステージ:★★★★★
言わずと知れた美空ひばりお嬢のヒット曲で、戦後の古賀メロディーの最高傑作。この曲を歌うひばり嬢は神がかっているとしか言えないステージばかりを魅せてくれるのですが、森進一の歌唱もかなりのものでした。さすが古賀メロディーの継承者だ、と思わせる歌唱を見せてくれていました。
「セリフでは歌うように語る、歌では語るように歌う」これは森進一が古賀先生に教えられた言葉ということらしいです。今ヒットしている歌手もこの言葉を耳を傾けてほしいなあと思うばかりです。いやむしろ歌手よりもレコード会社の人に向けたいですね、この言葉は。
村田英雄「人生劇場」(1959年/昭和34年) ステージ:★★★★
1976年に放送されたビッグショーの映像です。村田さんが古賀先生に向けたメッセージに、古賀先生が涙。村田さんは2002年に亡くなられましたが、意外と語られる機会が少ないように思います。あの味のある歌唱は浪曲出身ならでは、とあらためて感じました。
北山たけし「男鹿半島」 ステージ:★★★ 曲:★★★
作曲家が弦哲也なので、若干「水森かおりの男版」を意識しているような感じはします。ヒットを出すために勝負、という意気込みはわかりますが何か安易な発想という感じがしないでもないです。
曲は特に問題なく良い曲ではあるんですけどね。でも印象に残るメロディーはないんですよねぇ…。
都はるみ「蛍の宿」 ステージ:★★★ 曲:★★★
作曲は昨年亡くなった市川昭介さんですが、もしかすると未発表曲なんでしょうか。
私の市川さんに対するイメージは演歌を普遍化させたということですね。つまり詞の世界を魅力的にするために特徴的なメロディーを抑えた、という感じです。演歌は詞が主役であるとも聞きますし、そういう意味では偉いとも感じますが、逆に言うと1回聴いただけではピンと来なくて、特に詞が難解だと馴染みにくい曲になる可能性が高くなる、という問題もあるかと思っています。
そういう意味では今回の曲も市川さんらしい曲だな、と感じました。
2007年11月16日
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森進一さんは「影を慕いて」を初めて
レコーディングをしたのは昭和43年に
古賀メロディーのアルバムを発売したからです。
猪俣公章さんが古賀さんの弟子だったので
猪俣さんが口を利いたものと思います。
美ち奴さんについては↓をご覧ください。
http://www.geocities.jp/showahistory/music/singer08.html
番組を見ていて「まだ忘れているな」と
思うことがありましたので書きます。
実は「悲しい酒」は美空ひばりさんの
オリジナルではないんです。
昭和35年に北見沢惇さんという方が
歌ったのがオリジナルです。
北見沢さんは↓です。
http://www.koga.or.jp/event/backnumber/back08_12.html
この方は、売れることなく早々と引退してしまいました。CDになっていることはいるのですが
古賀さんの何万円もする大全集でしか
聞けないのがつらいです
「人生劇場」も村田さんのオリジナルではなく
11年に「緑の地平線」をヒットさせ、第1回の
「紅白」に出場した楠木繁夫さんが
13年に発売したのがオリジナルです。
最後に、この番組に大川栄策さんを
出してほしかった。大川さんは古賀さんの
最後の弟子だった方ですから。
自分のオリジナルの歌ならともかく、今回のように作曲家をリスペクトした企画の場合、妙にメロディーや歌い方を崩すのは興ざめですね。(あ、リスペクトした、なんて表現、イヤですね。)
見事なフォローありがとうございます。「悲しい酒」の件は初めて知りました。もしかしたらNHKの人も知らなかったのではないでしょうか。「悲しい酒」=美空ひばりの図式が完全に確立されてますからね。「人生劇場」は言われて思い出しました。楠木繁夫さん、第1回の紅白に出演していましたが若くして不幸な形で亡くなってしまいましたね…。
>歌屋桜さん
確かそうだったと思いますよ。
>らびっしゅさん
布施明とかしょっちゅうやりますけどね。もしかしたら自分の歌唱に酔ってしまっていたりして。それは一番歌い手としてはあってはならないことだと思いますが。