2016年11月02日

宇多田ヒカル『Fantôme』

Fantôme - 宇多田ヒカル
Fantôme - 宇多田ヒカル

(楽曲レビュー)
1.道
 8年ぶりのニューアルバム、そのスタートを飾るのは軽快なサウンド。ただそこに乗せられる歌詞は強い決意。ですが口調は彼女が普段発する言葉らしく、とても自然。有り体に言うと、彼女の生きざまをそのまま曲にした印象があります。これは過去5枚のオリジナルアルバムとまた違う感覚。いずれにしてもこの1曲を聴くだけで、今回のアルバムの完成度が極めて高いこと、それが証明されているようにも思いました。この曲こそが、宇多田ヒカルしか作れない”道”なのだなぁ、としみじみ。

2.俺の彼女
 この人が男歌を歌うのも新鮮な香り。官能的と思わせる歌詞は他にもありますが。男女の関係を深くえぐるように描いた作品は、フランス語の歌詞でさらに芸術性を増幅させています。イントロ無しで入るからこそ、衝撃度もそれだけ大きくなるということがよく分かる楽曲でもありますね。

3.花束を君に
 今年の4月〜9月、朝の『とと姉ちゃん』でお馴染みの曲。瑞々しい歌詞もそうですが、それ以上に聴き惚れるのが歌手・宇多田ヒカルの歌唱。厚みのある歌声・特に低音は、確実にデビュー当時よりも母親を彷彿とさせる部分を感じさせるようになってきました。節々にあるビブラート気味の伸ばしは完全に彼女が芸術であることを証明しているかのよう。一言で言うと”美しい”。この言葉に尽きます。

4.二時間だけのバカンス feat.椎名林檎
 彼女と椎名林檎には、当時の東芝EMIで同じ1998年にメジャーデビューしたという共通点があります(時期は半年ほど違いますが)。レーベルメイトでありライバルでもあり。そして最も共通していることは、2人とも極めて高いアーティスト性を備えていることでしょうか。歌唱力・作詞・作曲・生きざま・それに付随する独自性。双方とも既に伝説として語られるレベルに達しています。この2人がデュエットしたら、どんな曲であれ最強という言葉を使わずにはいられません。個人的には、1コーラスを宇多田メインで、2コーラス目になって初めて林檎をメインにするという構成が何よりもニクいと感じてしまいました。

5.人魚
 ハープの音からしてもう”人魚”という雰囲気を作り出していますね。そこから揺らめくように導入される歌パート。完璧です。あとはもうその波に乗って、少しずつ音が増えるくらいでしょうか。ここまで心地良さを感じる楽曲も滅多にないように思いますね。

6.ともだち
 若き音楽プロデューサー・小袋成彬が客演参加(まだ25歳!)した曲。ラブソングですが、本人によると同性愛をテーマにした楽曲なんだとか。浮遊感を感じさせるようなブラスバンドの音がまた絶品。

7.真夏の通り雨
 聴けば聴くほどに、深みを感じさせる名バラード。彼女のこれまでの生き方、あるいは彼女自身だけでなく日常を過ごしている私たちにも”リアル”を感じさせる部分が多いからなのでしょうか。”真夏の通り雨”というタイトルからこれだけの言葉が思い浮かぶこと、そしてその全てがタイトルから離れているように思えないこと。あらためてシンガーソングライター・宇多田ヒカルの別格っぷりがよく分かる1曲なのではないでしょうか。

8.荒野の狼
 男と女の関係を荒野の狼に見立てて歌った楽曲。この曲もまた彼女の洞察力がとんでもなく光っている一曲。サウンドも雰囲気タップリ。

9.忘却 feat.KOHH
 ラッパー・KOHHとのコラボ曲。環境音楽とも思えるようなサウンドに乗せられるKOHHのラップ。この雰囲気に乗せられる宇多田ヒカルの歌唱は、極めて幻想的。

10.人生最高の日
 彼女の楽曲の中でも屈指の明るい歌詞。”苦尽甘来””虚心坦懐”なんて言葉を使うのは彼女くらいではないでしょうか。3分10秒の演奏時間はインストを除けば、もしかすると「ぼくはくま」の次に短いかもしれません。

11.桜流し
 ラストは4年前の映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』テーマソング。”静”と”儚さ”が最大限に出ている楽曲は、4年前単体で聴いた時はピンと来なかった部分もありましたが、このアルバムを通して最後に聴くとなぜか自然に涙が出てくるような。もはやこの曲に関して言うと、従来のJ-POPとは別枠で捉える方が正しい一曲かもしれません。音と声だけで感じられる強いオーラ。これは間違いなくこの曲にしか備わっていないものなのでしょう。


(総評)
 今年の下半期は全体的にアルバムレビューが大きく遅れてしまってますが、この作品は本当にどう書くのが一番良いのか苦労しました。基本的に書いて苦労するタイプは2つありまして、1つは似たような曲が多い作品。そしてもう1つはあまりに素晴らしくて表現を選んでしまう作品。このアルバムに関しては、言うまでもないですね。後者の代表的な作品になります。

 本当にものすごい作品です。それも『First Love』や『DISTANCE』とは別の種類の凄さです。彼女の自然な人柄がそのまま楽曲に出ている1.は、年に数回しか味わえないような感覚だと思います。それ以外も何と言いますか、言葉にしたくても言葉にするのがすごく難しい、言うならば文字をはるかに超えた芸術性を兼ね備えているアルバムと言うのが相応しいでしょうか。とにかくどの曲も作り込みの精度が半端ないレベルに達しています。メロディーや言葉だけでなく、一つ一つの楽曲に備わっている音そのものに強い拘りを感じさせる作品でした。更に言うと、日本語で統一されている曲名にも象徴されていますが、職人性だけでなく誰が聴いても分かりやすいと思える大衆性も兼ね備えています。この2つ両方が高いレベルに達している作品は、滅多にないのではないでしょうか。

 今作は楽曲もそうですが、これまで以上に歌声に感じ入る部分が多かったです。低音から高音まで、非常に幅広い音域を駆使した声の響きが本当に耳に残りました。3年前にこの世を去った母親は天才的な歌唱力の持ち主でしたが、その母をここまで彷彿とさせることも過去になかったと思います。「桜流し」が4年前、新曲が収録されていたベストアルバム『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』が6年前。人間活動における心境・価値観の変化で最も顕著に表れたのは、発表された作品以上に声に表れる自身のスピリットなのかもしれません。

 そんなことを思いながらこの作品を聴いた次第。聴く前から名盤になることは間違いないと思ってはいましたが、形にするとここまで完成度高くなるものなんですね。やはり彼女は間違いなく生ける伝説なのだと思います。ブログが認知される前から続いているMessage from Hikkiの自然な親しみやすさが、逆に拍車をかけている部分があるのかもしれません…。




posted by Kersee at 23:57| Comment(0) | アルバムレビュー(女性J-POP) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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